100】100

今回が100回目の日記掲載となりました。
2010年 11月が初回。
当初、日記掲載のきっかけは、豊中シニアのホームページを一新、リニューアルしたことにより、注目の度合いが増しアピールの場が増えた事、私が監督に就任し、過渡期を迎えた豊中シニアを、広く学童の子供達やその御父母の皆様に、はたまた学童指導者の皆様に知っていただき、子供達の野球進路の選択肢のひとつとして是非、新生豊中シニアに興味を持っていただきたかった事、そして私の考えを豊中シニアの選手と御父母に尚一層知っていただき、理解していただき、一丸、飛躍、安定に繋げていきたかった為であります。 
オフィシャルホームページですので気を使いますが、なるべく本音で、生きた言葉で表現しようと取り組んでいますが、最初の頃は子供向けに書いていた言葉は、いつの間にか子供達には解りづらい文面と表現になってしまってます。 (苦笑)
最近では高校の指導者の方々の閲覧も増えているようで、恐縮しております。
当ホームページ立ち上げ以来ずっと、多大なる御尽力を賜っている豊中シニア広報部長、冨永さんに、いつもガラパゴス携帯で私の親指一本で打ち終えた日記を検閲していただき、掲載するという流れを踏んでいます。
たまに 「監督、この文章マズイです」 とダメ出しを喰らうこともあります。
私はアッサリ引き下がる…。
私は基本的にコーチや部長のこういう助言や提案、忠告にはまず従います。
深く考えてくれた上で言ってくれてる事がわかるからです。
数年前に比べれば格段に組織が良くなっています。
時折外野から私利私欲からくる誹謗中傷や無責任な批判もあるかもしれませんが…。
相手に悪意があると収まるところに収まらないです。
いずれにしても残念な事ですが、我が豊中シニアの指導部は健全で大丈夫です。
故郷山口で一人暮らしをしている私の82歳になる実母からの教えは、「人のためにしてあげなさい」、「許してあげなさい」 です。
大切な事は、私が屈することなく毅然とし凛としているということ、そして許すということ。
ただ幸いにも中山名誉会長や田中事務局長が全面御理解下さっているし、こんな私に大部分の御父母の皆さんが付いてきて下さる。
有り難いことです。
私は私でしか作れないチームを作りたい。
それは三位一体の 「チーム豊中」 。
専用グランドは今年、黒土を入れ、ファールグランドも拡張、硬式グランドらしくなってきました。
現在、左翼91M  センター96M  右翼86M  のサイズを数メートルずつ拡大 出来たらと要望しております。
お金がかかる事ですし難航するかもしれませんが。
あとは選手一人一人が野球に専念し自覚と責任を持ってやらないとね。
自分の長所と短所に本当に気付き、決して短所を軽視せず、それを克服するために、とことんこだわって取り組むこと。
私はプロ野球の経験はないが、プロでも一流と呼ばれる人は、誰でもが知ってる練習を一流であるが故に 「気が遠くなるほど何度も何度も繰り返し練習する」  「二流選手の何倍もこだわって、これでもか、これでもかって取り組んでやる」 ということじゃないかと思う。
絶対に言葉では言い表せないほどの壮絶な努力をしていると思う。
強い意志のある選手と、そして強い意志のあるチームを育て上げたい。

豊中シニア監督・宮本 浩二

99】陽から陰転。暫し木の葉の下を。

北大阪ブロック予選、敗者復活戦の対北摂シニア戦も大逆転負けで、関西大会本戦にも行けず早々と秋が終わりました。
高槻シニア戦といい、この北摂シニア戦といい、ごく普通の当たり前の事が出来ず、赤っ恥の2連敗。
そういえば初戦の寝屋川中央戦も基本を無視した怠慢走塁の場面があった。
監督として、常にあらゆる想定をしなければならない訳ですが、走塁にしても、守備にしても、んーっ、すいません…全くの想定外でした。
秋の大会は未熟な新チームが故に、いろんな事が起こります。
しかしその事を差し引いても、ちょっとあまりにも御粗末で論外。
コーチ時代を含めて過去7年間、一度も味わったことの無い感覚です。
私もこれまで以上に、有りとあらゆる事を考えチーム作りをしていきます。
私が甘過ぎた。
時には非情にならねばならぬか。

98】弱点から綻びる

勝てばブロック予選通過の大事な試合、最終回のツーアウトから1点差が守れない。
新チームになって一番こだわって取り組んできた連携プレイ。
そして1塁 3塁の中継プレイ。 バントもしかり。 狙い球を絞らせても実行しない。
全く成果が出ず、虚しさだけが残った。
やろうとしてのミスならまだ良いのだけれど、やろうとしない訳だから、本人が気付かなければ先へは進めない。
想像以上に習得力に乏しい事が改めてわかった。
今言えるのは、普段からの取り組みや意識の甘い選手ほど、ここ一番で 「やらかす」 ということ。
その辺の強い意識付けを指導しきれていない私の責任。
監督がアカンから負けたということです。