244】43期生 進路

公立高校の合格発表も済み43期生の進学高校が決まりました。
全員高校野球に挑みます。
確りした目標を掲げ邁進して欲しいと思います。
岡山学芸館

関西学院
関大北陽
寒川(2名)
帝京大可児
東邦

報徳学園
明秀日立
明豊
龍谷大平安
市立尼崎(2名)
園芸(2名)
川西北陵(2名)
川西明峰
桜塚(3名)
渋谷(2名)
豊島
刀根山

美里工 

243】愚公、山を移す

高校野球春の選抜甲子園、リトルシニア春の全国選抜大会、プロ野球開幕、リトルシニア関西大会、いよいよ野球シーズン到来です。
花粉症が若干気になりますが、やはり私の大好きな季節です。
小学校庭が新入生の声で一杯になるのも、幼稚園児で園庭が賑わうのも、桜の花が咲き乱れるのも、小鳥のさえずりさえも、生きている実感を感じさせてくれる清々しい季節です。
気候も日差しもこの時期が一番穏やかで優しい。

我がチーム、去年と違い、劣性を余儀なくされていますが、これも勉強。
この学年に於いての必然。
また私にとっての修業機会。
そして新3年生もさることながら新2年生も、しゃべれない、大人しい、静か、そして行動力が伴わない子が多いので、早、今秋からの新チームも前途多難が予想出来ます。
何せ普通に無難に練習する子が大半で、常に同じ選手が同じ注意を受けてしまう始末。
選手達はそれに慣れてしまっては駄目です。
そして我々指導者も工夫しなければいけません。
いずれにしても何とかしなければならない。
出来なかった事を出来るようにさせる、味わった事のない経験をさせる、見た事のない景色を見させる、これが私の秘めたる思い。
そして勿論、将来「男気のある良い男、尚且つ勝ち組」になって欲しいと願ってる…。
その為に豊中リトルシニアの野球を通じての指導育成が何らかの礎になれば良いと思っています。
私はアマチュアだからこそ結果にこだわり、結果を出さなければならないと思う。
なぜアマチュアだからこそなのかという持論はまた機会があれば記載します。
そりゃ、いろんな戦力の年があるし、様々な個々の能力の違いはある。
それは解りきってる事。
それを言い訳にしてはならないし、それでも何とかしてやるという気概が私に無くなれば、その時は私が辞める時。
少しずつは良くなっているんです。
ただこの少しずつが、負けず嫌いの私には違和感。
野球って体力体格や精神面は階段を上るが如く少しずつマニュアル通りに成長する事が多い。
でも技術面や感覚や感性等は、あらゆる日常を野球に結び付けて考え、こだわり、目標に対して妥協しない厳しい努力等々を継続する事によって、それまで何の変化も兆しも無いように感じ始めた頃に突然、何段階も急成長する時が来るし、有る。
どこで、どのタイミングでそれがやって来るのかは分からないけれど、私の経験上は早くて4ヶ月目から6ヶ月目、高い志を持ち、たゆまない必死の努力を継続したとして、ようやくその頃に突然何かが変わって来る。
これを選手達に味わせたいんだよなぁ…。
これね、グランドの練習だけじゃ到底無理なんです。
だから特に中学生は家庭環境と親の在り方も重要になってくると思うんです。
決して経済的に恵まれた家庭が良いというんじゃない、「ここ一番」、「なにくそ」、「負けてたまるか」、「何が何でもこうするんだ」、っていう素地が有るか、また躾教育が出来ているかどうかだと思うんです。
それが有れば何歩も進んだ歩み方をするし、もしも無ければ、親も私達指導者も少しでも速く子供達に植え付けなければならない。
重要なのはそれを知り、気付き、実行に移す事。
対象者が中学生という子供ですものね、一番大切で難しい時期です。
でも私はやる。

242】使命、役割

北大阪ブロック予選は高槻シニアさんが1位通過、豊中シニアは何とか吹田シニアさんに辛勝して最終枠5位で通過いたしました。
正直ホッとしています。
4月7日から始まる関西大会に向け、出来る限りの補正をしていきます。
まずは己を知らなければならない。
自分は出来ると思っている選手や、はたまた、出来ると思っている親も多いと思うけれど、実はかなり出来てないです。
そこを真に出来るようにならなければいけません。
それを謙虚に受け止めてリスタートする事が重要。
単なるイメージからの選手起用ではなく、影響度やデータや確率も重用する私は、それを理解されず批判される事も再々であろうと思うが、実は私はあまり気にしていない。
実績の積み重ねと、強い組織、チーム作りをしてきたという信念自負自信があるからです。
そして大基本は、信頼出来るスタッフとのチーム内セオリーの確立です。
スタンダードな野球セオリーなど百も承知している、その上でチーム内セオリーを作り上げていく事が大切なのです。
必ずや一般想定以上の豊中シニアならではの成長階段を上らせてみせます。
その為に、親は木の上に立って黙って見てやる覚悟、指導者は教え過ぎずに考える習慣をつけさせ導く努力、が必要だろうと思います。