97】第40期生卒団式

7日 (日) に当リーグ 40回目の卒団式が執り行われました。
17名の選手達が巣立って行く事になります。
この学年は特にうちの生活指導兼務の鬼コーチこと三代コーチが手塩にかけて育てた学年。
野球技量はまだまだこれからですが、しっかりした地盤は徳育により構築出来ているため、今後ののびしろは充分あります。
しかし何より人としての成長が著しい学年でした。
何か課題が生じた時、市村主将を中心に、おそらくは副主将の畑、十河、田中、宮本らが音頭を取り、解決策を議論していたのでしょう。
現状を打破するために何とかしたいという気持ちの表れです。
この子達なら高校でやっていけそうです。
毎年のように、いずれかの高校で主将や副主将に任命いただいている豊中シニアOB。
この子達の中からも何人かは大役を任命されそうな気がします。
新主将、林の送辞も市村主将の答辞も、実に爽やかで良かった。
市村、お前はみんなにいじられながら、でもみんなに愛されていたんだよ。
1年前、市村のキャプテンで行きたいとの私の発案に指導者みんなが賛同してくれた。
それからのお前に対し、私は随分厳しかったと思う。 よくやってくれた。 ありがとう。
関西六大学連盟杯の決勝で存在感を示してくれたのはお前だし、ブロック予選準決勝の摂津戦でサヨナラヒットを打ったのもお前。
そして福島戦、神戸中央戦であと1本のヒットが出なかったのもお前。
やり残したことは高校でキッチリとやり通してください。
それから渡辺、お前には特に厳しかったと思う。
私はキャッチャーとキャプテンには最も厳しい。
何度も心の折れそうな気配は感じたが、親御さんがしっかりした家庭なので大丈夫と確信していました。
よく耐えてくれた。
吉田と清水は一番バットを振った選手、打つだけならレギュラー狙えたかもな。
でもね、守れなきゃ高校でも使ってもらえないぞ。
そこのところをしっかり認識して取り組む事。
矢田、大橋は体が出来てきた。
でもね、指導者サイドから見ると、ガムシャラさに欠ける。
自分では、やってるつもり…、これ通用しないぞ。 一段と励め!
国分寺はいつもピッチングとピッチングフォームのことばかり。
そこから離れて違う努力をしないと今のレベルから抜け出せない。
体力強化が急務。
橋本は潜在能力は高いものがあるが、自己評価が甘い。 高校で揉まれて強くなれ。
やる気と自立心が出てくるかは本人と親次第だが、改心出来れば凄い選手になる。
中川は良くも悪くも、ゆったり、オットリ。
チームにとって自分は何が良くて何が悪いのかをしっかり知ること。
ガッツを持ってピリピリ出来れば成功する。 表情を変えるな!
谷口は今ようやく良い感じになってきた。
体は強いし、あと一皮剥ければ良い選手になる。
失敗を気にしすぎるな!
北浦と十河は精神的な成長が著しい。 2人とも急成長した。
私に目で話しかけてくるようになった。
練習した事がそのまま試合で出来る実践力の高い北浦と、とてもアンテナが高く、空気を鋭く読む十河。
2人ともあとは体力強化が課題だ。
田中はここ最近の表情が良い。 心に期するものがあるのだろう。
守備と走塁はトップクラス。 やってくれると思います。
宮本は高打率を残し、チャンスに強い打者に成長したが、守備力と走力は今のままでは話にならない。
まぁしかし監督の息子ということで苦労もあったと思うが、ひねくれず曲がらず来たと思います。
舩津は几帳面で優しい男。 日誌も丁寧で字も美しい。 親の躾が良いのだと思います。
私と生い立ちも似ていて、それ故に、強く積極的になって欲しく、厳しい事も言ってきました。
公立高校志望ですが、高校では中心選手になると思います。
畑にだけは、ここ一番でヒットを打てないことを叱りました。
打てないだけで叱られた事に、なぜ自分だけが? と納得がいかなかった時もあったでしょう。
でも最後まで逃げずについてきてくれた。 この子も私と目と目で話せる選手です。
そして河本、1年前はランニング嫌いで、走り方もブサイク。
それが黙って黙々と走る選手に変わり、正に投手の鏡。
家庭環境も良いのだと思います。 体も大きくなり、これからが楽しみです。 
監督として…、暗い雰囲気を察知して場を明るく盛り上げようとしてくれた十河、畑に感謝。
飛び級の2人に暖かくしてくれたみんなに感謝。
我々指導者の事を少しだけ理解してくれて、
そして一丸となってくれた。
感謝、感謝。
お前たちはお前たちで元気に生んでくれた母親に感謝せなあかんよ。

まだまだ弱かったけれど、市村主将中心の良いチームでした。

 

96】新チームで戦う前に、ちょっと一息の余談。

最近、大学の先輩とお会いしたり、電話で話せる機会が重なり、嬉しく、懐かしく、感慨にふける事が出来ました。
2つ上の水野先輩、先日、山口県に所用で帰省した際、わざわざ会いに来て下さった。
中央大からプロに行かれた高木 豊さんと高校 (高川学園) の同期。
高木さんも凄かったけれど、水野さんも凄かった。
遠投は 120メートル、大学卒業後、一般就職され、後日娯楽でバッティングセンターに御一緒した時、投球の球速を測定したら 146キロ 出るんだもの、ビックリした。
私が入学して間もない頃、気が病んで、大学野球を辞めたいと思ってた時、普段は口をきいてもらう事も出来ない水野先輩から、「お前は辞めないよ、最後まで残って頑張るはずだ」 と声をかけてくださったことを今でもハッキリ覚えています。
先輩が卒業の折、頂いた 「闘争心」 と書いてあるボール、今でも大切にしまってあります。
それから日本石油で主将を務められた、1つ上の田島先輩、大阪に出張で来られた際、御連絡を頂き、20数年ぶりにお目にかかりました。
読売巨人の原監督が東海大学4年生時、3年生の田島先輩と首位打者争いの死闘の末、5割2分5厘の高打率で見事、首都大学リーグ首位打者を獲得された偉大なる先輩。
その、あこがれの先輩から2年生時、ティーバッティングのパートナーに指名され、トスの上げ方を注意されながら連日緊張のお付き合い。
この事が後になって大いに活きて来ることになる。
不思議なもので毎日トスを上げていると、小さな変化が見えてくるし、色んな事がわかってくる。
なぜこうなの? どうしてこういうふうに出来るの?  自分と何が違うの?  等々と常に探求心を持つ事に繋がった。
そして見えなかった事が見えてきて、分からなかった事が分かってきた。
よくボクシングのチャンピオンのスパーリングの相手が実力を付けていくというケースがあるように思うが、正に一流を見て、相手をさせてもらって成長する、という事だと思います。
田島先輩から頂いた、青だものバットも大切にしまってあります。
私は、この帝京高校出身の田島先輩と横浜高校出身の2つ上の大塚先輩の2人の打撃に大きく影響を受けました。
具体的な内容はまたいつか話せる機会があればと思います。
それから電話にて、いつも温かかった寺内先輩と、そして投手としてNTT関東に行かれた私の兄貴分、山口先輩と何十年ぶりに話をさせていただき、厳しく苦しい寮生活ではあったが、なんやかんやいっても私は先輩方に良くしていただいたと今更ながらに思っております。
幸せ者です。
もう35年も前の思い出からの回想です。
ずっと大切にしたい。

さて新チームのブロック予選が始まります。
北大阪ブロックは接戦になると思います。
寝屋川、北摂、寝屋川中央、高槻、東大阪、吹田あたりに、どう食らいついていくか。
今、安定感など求めていない。
失敗を恐れず、ガムシャラにやって欲しい。
おとなしく、静かなプレーをしたら評価を下げます!