366】練習有るのみ

先月24日、豊中アクア文化ホールにて約1ヶ月遅れで46期生卒団式を執り行いました。
16名の精鋭達の門出であります。

彼等を試行錯誤、そして苦悩の中、取りまとめてくれたのは主将美野田です。
彼には大変な役割を担わせてしまいました。
特にこの学年は個性が強かったのでそれを仕切るのは大仕事。
ましてや監督の私はキャプテンとキャッチャーには特別な思い入れがあり、すこぶる厳しい。
最初は野球どころではなかったよね。
純真な彼はボロボロに傷ついた。
彼と話していると私まで涙が出て来てね‥。
辞めたいと言って来た‥。
豊中シニアは居心地が良いのか、他にも良質な理由があるのか分からないけれど、例年退団者は非常に少ないチームです。
それでも稀に起こる退団の話になると、何が悪いだの誰が悪いだのの話になり、しかもそのほとんどが親御さんから出て来る‥。
主役の子供は、続けたがっているのに‥。
しかし美野田の場合は違っていて、そういう話が一切無かった。
責任感が強いが故に投げ出す事も出来ずギリギリの状態まで頑張ってくれ、自分ではもうこれ以上まとめていけないと‥‥。
そういう誠実な子だから親御さんもまた実直であたたかく、筋が通っている事は言うまでもない。
丁度その時期に奈良西シニアさんを招待してオープン戦をやってた折、私と同期の親友、土居監督が美野田の元気の無さに気付いて私に尋ねてきた。
事情を知った土居監督が美野田を褒めて勇気付けてくれてね。
土居監督も美野田が豊中のTHE.キャプテンだと知ってくれてる訳です。
ありがたかったなぁ。
美野田に残ってもらうのに私も必死だったですね、あの時。
そして他の3年生とも話し合った。
そこで理解の兆しが出て、先陣を切って変わり始めたのが辻田であり森田であり伊藤だったのです。
この辺りから急速にみんなが成長し分かってくれて、思いやりのあるまずまずのチームになった様に思います。
それが種々の大会の好成績に繋がったし、全国大会春、夏連続出場にも繋がった。
豊中シニアが17年ぶりに出場権を得たメインイベント、夏の日本選手権はコロナの感染者が関係者から出たとの事で、優勝候補の一角、武蔵府中シニアさんに競り勝ちベスト8に勝ち進んだものの、翌朝次の佐倉シニアさんとの試合会場に向かう途中での大会中止となった。
3年前の春季全国大会で負けてる相手、是非挑戦したかったが残念でした。
3年生一人一人との想い出は尽きず、また、まだまだ半人前の彼等に今後のビジョンも含めここで語りたい所ではあるが、違う機会に本人や親御さんと話してみようと思います。
協力的な有り難い御父母の皆さんでしたし、特に学年責任者の辻田父と婦人部長の中野母には並々ならぬ御尽力を賜りました事、心より感謝申し上げます。

練習は基本的に平等にやるが、試合は出れる出れないの差は出て来ます。
1年目よりも2年目、そして2年目よりも3年目の方がより洗練され、皆が気付かないうちに較差が生まれるが、それでもチャンスは何処にでもころがっている。
お試し期間は1年目でほとんど終了している訳で2年目、3年目は試合に使いたくなる何かが見えて来なければならない。
努力は嘘をつかないので、その痕跡が見える事、積極性が見える事、実践力を感じさせてくれる事、なにクソの精神が見える事、キラリと光る何かが見える事、そしてそれなりの結果も欲しい。
協調性も自己犠牲心も無く、ただ野球がそこそこ上手いというだけではいけないが、さりとて真面目というだけでもいけない。
最終的な判断基準は私が持っているが、敢えて言うならば、選手に色んなタイプがある中、その特性を見極め活かしながら、礼節はある一定限度までで抑え、そこからは自由にさせる。
技術指導においてもある一定のレベルにまで来れば自由奔放にさせてみたいと言うのが本音だが、その最低限のレベルにまでもなかなか行ってない状態からノビノビさせるとデタラメになってしまい戦える集団にはならず、いつまで経っても自分達で創造した自立したプレーに繋がっていかないと私は思っています。      
練習有るのみ!

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