118】私の葛藤

春先にいろんな子供達が当豊中シニアに入団してきてくれます。
とても有難い事です。
その新1年生30人を含む総勢81人の選手逹。
関西連盟のシニア104チーム中、3番目に多い大所帯です。
これだけの選手数を抱えれるだけの器になってきたのかと思うと感慨深いです。
ここ数年の地道な努力が報われつつあるのだと感じます。
1年生も十人十色で実に愉快。
その中で、それぞれの長所、短所を探ります。
目に見えるものもあるし、見えないものもある。
その子の数年先が予見出来たり想像出来たりもする。
良い予感もそこそこ当たるが、悪い予感はもっと高い確率で当たる。
9割方当たってしまう…。
高校野球で生き抜いていけるよう、それゆえ、どうしても最低限身に付けさせねばならない事を皮切りに、我々は力を注ぐのです。
どうしても、こだわるのは、「いくらなんでも、それだけはやってはイカンやろ」という事と、「いくらなんでも、これだけは出来なきゃイカンやろ」という事。
毎年その原点からの指導スタートです。
そこから2年かけて積み上げていく。
全ての短所を摘み取る必要はない。
その短所が長所の源となっている場合も少なくないから。
それに短所の是正にこだわりすぎると金太郎飴のように、どこを切っても同じ絵柄、どの選手も同じタイプになってしまう。
それは一見、整っていて指導者としては、やり易いのだが、これは望ましい事ではないと私は思う。
つまり、個性を失うという落とし穴にはまってしまうのです。
この事は指導者にとって留意しなければならない大切な事のように思います。
虎の牙を抜いて、猫にしてはならないのです。

しかしながら、入団してから1年間、2年間、いやはや、選手の悪いクセって、なかなか修正出来ない。
よく練習を休む、すぐサボる、ノートを忘れる、集合で一番最後に並ぶ、着替えが遅い、道具の手入れが悪い、動作が鈍い、落ち着きがない、手伝わない、ここいち大きな声を出せない、気がきかない、空気が読めない、等々。
これ、ほとんど同じ選手です。
ハッキリ言って、親の責任は大きいと言えます。
ならば、親側と指導者側の両面から子供逹の徳育に取り組めば良いのだが、親は親で、我が息子が試合に使ってもらえないと、いつも叱られると、扱いが悪いと、不平不満を口にするようになる。
そしてその度を越す。
これでは我々があの手この手で何とか治そうとしても、難しい…。
甘い家庭の子は特に難しい。
何か、同じ選手にずっと同じ事ばかり言っている気がする。
1年間、2年間、何度も何度もね。
ここまでするべきか、しないべきか、もっと別の方法?
もっと早めに断を下した方がいいのか?
こういう徳育指導をしてなくても野球で勝利するチームもあるし、何が正しいのやら、悩ましいところです。